優待教、ここに「開教」を宣言

優待教とは

開教宣言

 皆の衆、よく聞きなさい。

 時は二千二十六年。高市相場の狂騒の中、巷では「AIこそ未来」「半導体はまだ伸びる」「商社株こそ正義」などと喧伝されております。だが、真に強き民は、そんな言葉が喧伝される遥か前に仕込みを終え、今は売却のタイミングをうかがいつつ、次の時流に合った銘柄を静かに探しているのです。

 周回遅れの情報を掴まされる我ら「弱き民」は、インデックス投資こそが最適解だと頭では理解しつつも、ただ積み立てるだけの無味乾燥な日々に耐えられず、「小得(優待)」という名のささやかな救いを求めて彷徨っております。

 しかし、その道はあまりに険しい……。

 高い優待利回りで民を誘いながら、一度も実施せぬまま廃止を告げてしまう、余裕も良心も持ち合わせぬ企業。その仕打ちに膝をつき、ただ茫然とする者。あるいは、優待品欲しさに企業の不祥事や業績悪化から目を逸らしてしまう「優待原理主義者」となり、投資の本質を見失う者……。嗚呼、なんと我らは脆く、弱い生き物でしょうか。

 私は、こうした企業の迷いや、自らの執着に囚われた者たちを救済するため、あるべき優待との関わり方を示すべく、ここに「優待教」の開教を宣言します。

我が名は「小得廃止(しょうとく・はいし)」

 私の名を聞いて、驚く者もいるでしょう。「小得(優待)の教えを説きながら、なぜ『廃止』などという名を名乗るのか」と。

 真に弱いのは、我ら一般の投資家だけではない。企業もまた、弱いのです。本来、企業は稼いだ利益を成長分野へ投じ、事業の拡大をもって株主に報いるべきもの。しかし、多くの企業は、その成長戦略を描き、実行し続けられるかという不安に常に晒されています。その自信のなさゆえに、目先の「株主優待」という潤いを持たせることでしか、株主を繋ぎ止め、株価を支えることができないのです。それは、本来あるべき「事業の価値」だけで報い続けることに確信が持てないがゆえの、「弱さ」の表れに他なりません。

 私は、この優待に頼らざるを得ない企業の「弱さ」と、それにしがみつく投資家の「弱さ」が絡み合う、この共依存の連鎖を解き放つために降臨しました。「小得」を愛でる弱き心を慈しみつつも、企業の真の姿を見抜き、いつか優待が無くとも自律して歩める「解脱(げだつ)」の境地を目指します。

開祖・小得廃止

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