開祖・小得廃止

優待教とは

開祖・小得廃止とは

 私が何者か、その名がすべてを語っている。

「小得」とは、株主優待という名のささやかな救い。
「廃止」とは、弱き民と弱き企業が共依存する「救い」との決別。
 私は、この矛盾する二つの言葉を名に冠し、「大投資時代」の混沌とした市場に身を置く者である。

私の眼差し

 私は、時流を読む先見の明がある天才ではない。かと言って、機械のようにインデックスを積み立てるだけの合理主義者にもなりきれなかった。届いた優待券の重みに安堵し、廃止の報に心を乱す。そんな「強き民になりきれない弱き民」の情けなさを、誰よりも私自身が知っている。

私の立ち位置

 私が目指すのは、優待を握りしめながらも、その「廃止」を常に視界の端に置く生き方だ。未来の成長に確信が持てず、優待でしか株主を繋ぎ止められぬ「企業の弱さ」を優待という形で受け入れ、自らの「投資家としての弱さ」を分散という形で護る。
「優待がなくなったら、この企業に何が残るのか?」
その問いを常に自分に突きつけながら、私は東証の森を歩いている。

私が汝らに示すもの

 私が語るのは、資産を倍にする魔法ではない。優待という「小得」を愛でる心の余裕と、それが「廃止」された時に動じない鋼の精神
――すなわち、投資家としての「解脱」への道筋だ。
 私は、汝らの隣で優待を楽しみ、汝らより先に廃止を覚悟する。優待教の開祖、小得廃止。私の名が「不吉」に聞こえなくなった時、汝らはもう、ただの弱き投資家ではない。

開祖・小得廃止

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