【不惑三原則】優待ありきの投資を「しない」
皆の衆、よく集まってくれました。
本日から、解脱(げだつ)の道において汝らを足止めする闇を払うべく、不惑三原則を説き明かしましょう。まず、第一の掟は、「しない」。優待ありきの投資を、決してしないことである。
主従を違えれば、解脱は遠のく
第七条にて説いた通り、我らが目指す究極の境地は「小得(優待)の消滅」です。企業が本業の力のみで輝き、投資家が優待という杖を捨てて寄り添う世界――。
しかし、「優待があるから投資をする」という心に支配されることは、その理想とは真逆の道、すなわち「執着の泥沼」へと自ら飛び込む行為に他なりません。優待という「おまけ」を主に据えて銘柄を選べば、汝らの心は常に優待の存廃に怯え、企業の真の姿を見る目を曇らせます。
「優待原理主義者」の現実を鏡とせよ
信徒よ、汝らは見たことがないでしょうか。年間数百万円分もの優待を抱え、その期限切れを断固として許さぬがゆえに、老体に鞭打って猛スピードの自転車を漕ぎ続ける、あの「優待原理主義者」の壮絶な日常を。あの方は、自らの生活の全てを優待に捧げた、ある種の聖者かもしれません。しかし、その現実はあまりに過酷です。
「優待の期限が今日までだから、満腹であっても無理やり店をハシゴする」
「優待の額面を使い切るため、自分が必要としていない品であっても、無理に計算を合わせて手に入れる」
「優待券を1円たりとも無駄にせぬよう、分刻みの行程を組み、命を削って自転車を爆走させる」

これらは決して作り話ではありません。現実に起きている、執着がもたらす「修行」の姿です。
だが考えなさい。本来、汝らを自由にし、生活を豊かにするはずの投資が、いつの間にか汝らを「分刻みのノルマ」で縛り付ける「鎖」に変わってはいないでしょうか。第七条の「小得廃止」の境地、すなわち優待という杖が無くとも自らの足で歩める自由とは、あまりに対極にある姿です。
優待ありきで投資をすれば、汝らもまたいつしか「期限」という名の鞭に追われ、自転車を漕ぎ続けねばならぬ運命を辿ることでしょう。
結び
「優待」という名の甘美な毒に冒され、自転車を漕ぎ続ける修羅の道を行くか。それとも、企業の真の輝きを見極め、大得(資産成長)を手にするか。選ぶのは汝ら自身です。
第一の掟「しない」を胸に刻み、優待への執着を捨て去った時、汝らの瞳には初めて、企業の真価が映ることでしょう。
しかし、心得よ。執着を捨てただけでは、まだ解脱への入り口に立ったに過ぎません。次なる第二の掟は、汝らが投資という名の荒波で溺れぬための、より実戦的な「盾」となります。
次回、不惑三原則・第二の掟――「させない」
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